こんにちは、hoshi’s-noteです。
前回の記事では、白血病という地獄のような入院治療から、なんとか6ヶ月で退院するまでのお話をしました。
「退院おめでとう!」と周囲に喜んでもらえたのは本当に嬉しかったのですが、実はそこからが本当の試練の始まりでした。
今日は、僕がサロンワークに完全復帰するまでの、長くも必死だった「自宅療養の半年間」についてお話しします。
最初の2ヶ月:当たり前の生活を取り戻す
退院したからといって、すぐにハサミを持てるわけではありませんでした。半年間の治療で、僕の体はボロボロになっていました。
最初の2ヶ月は、まず「病気になる前の日常」を取り戻すことに専念しました。
毎朝6時。紫外線が強くなる前に外に出て30分間のウォーキング。
その途中に立ち寄る神社で「病気を治してくれてありがとうございます」と、毎日欠かさずお礼参りをしていました。
帰宅して朝ごはんを食べ、少し休んでから午前中に筋トレ。
午後は疲れてしまい、Netflixを見ながら休む(見てるような、寝てるような)……その繰り返しです。
入院中もそうでしたが『ベットから起きてトイレに行く』というだけで「はぁはぁ…」しちゃうわけです。
掃除、洗濯、料理。そんな当たり前の家事をするだけで、息が切れてしまう状態でした。
日常の動作ひとつひとつが、僕にとっては全力疾走のようなしんどさでした。
3ヶ月目:ハサミが「重い…」という現実
3ヶ月目に入り、少しずつ動けるようになってくると僕はリハビリに「シザー」と「ウィッグ」を加えました。
ビックリです。
20年以上も握り続けてきたはずのハサミが驚くほど重い。腕を上げていられないんです。
「まぁ、仕方ない。焦らずに行こう」
そう自分に言い聞かせ、1日3分3セットのハサミの開閉リハビリからスタート。
その後、1日2スタイルのウィッグカット。
この頃、ようやく頭に赤ちゃんの産毛のような、柔らかい毛が生えてきました。
ツルツルだった頭に少しずつ命が宿っていくようで、鏡を見るのが少しだけ楽しみになった時期でもあります(元の髪に戻るには、そこからさらに1年ちょっとかかりましたね)
「食」の苦しみと、体の内側のダメージ
退院したら真っ先に食べたかったのが「お寿司」でした。
1年ぶりの刺身に「やっと食べられる!」とワクワクしましたが、一貫食べると……やっぱり吐いてしまう。
全身に浴びた放射線治療の影響で、僕の体の内側も、想像以上にボロボロだったようです。
白血球もまだ少なく、人混みや外食もNG。
「当たり前に好きなものを食べる」ことの難しさを身を持って知りました。
焦りが生んだ「1ヶ月の逆戻り」
退院から4ヶ月半。少し自信が出てきた僕は、「週2日、1日2名限定」でお客様を迎え、仕事復帰を試みました。
11ヶ月ぶりのサロンワーク。
お一人シャンプーしただけで完全に腕は終わりました。全然本気も出せてないのにアウト。
自分でも受け入れがたかったことが、
お客様と話しながらの仕事ができない。息が持たない。
そんなわけあるか。そう思うかもしれませんが、これがホントに出来ないのです。
会話しながらカットができない…これはやってみないと分からなかったですねぇ。
でも、お客様の方から「ゆっくりでいいですよ」「喋らなくていいよ」「途中で休んでもなんでもいいよ」と。
みなさま、事情は承知の上で変わらず来てくださっているお客様です。
本当にありがたいです。
ところが…
「よし、順調だ!」と思ったのも束の間。やはり無理をしていたのでしょう。
フライングがたたり、風邪を引いてしまいました。
普通の健康な人なら「ただの風邪」で終わるはずが、僕にとっては一大事。
風邪で動けない。てか、風邪が治らない。1週間寝てても治らない。
結局、1ヶ月の自宅療養を余儀なくされました。
この1ヶ月は本当に悔しくて、自分自身の甘さを痛感した時間でした。
半年を経て、ようやく見えた光
そんな紆余曲折を経て退院から半年。
ようやく「完全」とは言えないまでも、それなりにサロンワーク復帰を果たせました。
白血病と知った瞬間、僕は「人生終わった」と思いました。
でも、半年間の地獄のような入院治療と、その後の半年間の泥臭いリハビリを経て、僕はまたハサミを持ってお客様の前に立つことができました。
もし今、何か大きな病気や挫折で「もう元には戻れない」と絶望している人がいたら、僕は伝えたいです。
「ちょっとずつで、いいんです」
1日30分の散歩から、1回3分のハサミの開閉から。
一歩ずつ進めば、必ず景色は変わっていきます。
スラダンの安西先生も
NARUTOのナルトも
鬼滅の炭治郎も
ONE PIECEのルフィも
み〜んな「あきらめない!」「あきらめるな!」と言ってますから。